どっちがいいなんて聞きたくなかった

大事そうにしてるその宝箱は何度開けても何もないんだよ。片思いは夢の話だってドラマでも言っていた。へぇーで終わる何も生まないもの。
正直言えばろくなことはなかった。たくさん傷ついたし散々なことをしてきた。こんなことをするならみっともないくらいとことんあの人のことを好きになればよかった。逃げるんじゃなくて、素直になって他の人なんかどうでもいいって周りが引くくらい、追いかければよかった。あの人からの甘い言葉を数えるたびわたしも同じように言えなかったことを後悔する。苦い言葉がその分返ってきていたのかもしれない。自業自得だ。割り切れないなら踏み出しちゃいけないこと。正しいことに悲観してヒロインになったつもり?それでも好きな人に好かれないのは悲しいし、馬鹿だなあって笑い飛ばして慰めてくれたあの人がほしくなる。苦しくてこのままだといい思い出も嫌いになりそうで、持ってる思い出すべてが悲しみになる前に宝箱にしまう。あなたが好きだった。何度開けても何もなかったそこにひとつだけ、とびっきりの思い出をしまえば大丈夫。

ウーバーイーツに泣かされた話

はじめて仕事をサボった。起きて歯を磨きながら、今日はもうだめだと思った。テレワークだしだましだましやるかとパソコンを開く。しかし、始業から1時間本心を代弁するかのように涙が止まらなかったため、体調不良だとチャットで伝え、すぐさまパソコンの電源を切った。一種の体調不良だと言い聞かせながらも残る罪悪感。心も身体の一部なのに目に見えないだけでなんで切り離されるんだろう。目に見えるようになったら楽なのかな、いや厄介か。自分だって気づかないうちに人を傷つけてるから。
そんなことを考えてるうちに、どんどん落ち込んでいき、身体が鉛のように重くなる。ごはんも飲み物も受け付けない。
高校生のとき休学したことを思い出す。高3夏。周りが早慶マーチを目指すなかわたしはただ高校を卒業できることを目指した。休学明けも保健室とクラスを行ったり来たりした。単位をもらえる程度に勉強をしてなんとか卒業できた。そのときのことが最近夢に出てくる。大学受験をするのに出席日数や単位が足りないと慌てる夢。もうあれから7年経つからあのときの自分は別人だと切り離してしまえばあんな夢見なくなるんだろうか。
あのときみたいにこのまま会社を休み続けたらどうしよう。そんな不安がたまに襲ってくるけど、今日はなかなか引いてくれない。気休めにNetflixをひらく。シャワーを浴びる。行動するうちに、夕方になっておなかがすいてきた。
コロナになったかもと思ったときダウンロードしていたウーバーイーツを開く。初回クーポンで数百円。ポチッとしただけで、知らない人が仕事をサボったわたしにおいしいご飯を運びにくる。なんだそれ。優しいな。そういうサービスだけど、この日のわたしはそれだけで泣けてしまった。

だってあなたはすぐどこかにいっちゃうし

雨が降ると、あの人を思い出す。そんな気がする。今日は朝から元気がなかった。天気予報のアプリを開いたら、夕方から雨だった。一人暮らしを始めたこの部屋にテレビはなくて、全国の天気どころか明日の天気も耳に届くことはない。家族からもあの人からも遠のいた、はずだった。そんな調子で仕事が今日も終わり、気づけばそんな人たちのことばかり思い出す夜だ。どうにもつかずあの人といた記憶が浮かんでくる。あの人といると、やっと自分で自分のことを認められた気がして強くなれた。同い年とは思えない話し方や考え方が好きだった。優しさと引き換えに耳が痛くなる言葉ばかりだったが、飲み込むたび自信が持てた。
「髪を耳にかけるならそっちのほうがいいよ」
鏡の前に立つとそう言われたのを思い出して直してしまうのも癖になった。
でも、男女、という関係では甘い蜜を吸われてるだけだった。それでもよかった。傷ついてもいっしょにいたい。そう思ったのはあの人が初めてだった。これからもそうだろう。またあんな関係を望むほど優しさを知らないわけじゃないから、それなのに、なんで。あの傷の舐め合いとさみしさを共有していた感覚を求めてしまうときがある。あなたをちゃんと思い出にできるのはいつになるんだろう。雨が降り始めてしまった。

嫌な夢を見たよ、抱きしめて

医療ドラマを見たり病院に行ったりするたびに思うのは健康であるのはすばらしいということだ。健康であれば希望が自然とくっつくからだ。わたしの身体は生活をするには充分だが希望は他の人より小さいと思う。重いものを持ったり家事をしたりするだけで体が痛くなって疲れてしまう。だから何をするにも億劫だ。あとは子どものこと。わたしの病気が遺伝して男の子だったら車椅子の生活や運動が困難な体になる可能性が高いらしい。100%健康な子が産まれてることは限らないのはどんな人でも同じだ。でもそのことを中学生から医者に教えられていたわたしには、子どもがほしいと素直に思うことはできない。そんなリスクを背負って望むことはできない。希望より先に諦めがやってくる。その諦めは些細なことかもしれない。みんな何かを諦めて生活してるのかもしれない。そう感じさせない強さがあって何になるんだろう。諦めて選択肢をつくった先に別の幸せはある。つくることはできる。きっとそれが個性になるんだろう。それでもわたしがほしかったものとは違う。わたしがセーラーマーキュリーになれてもセーラームーンを羨ましいと思ってしまう。緑になれてもピンクになれないのが悲しくなる。どうしたって手に入らないもの。数える夜がやってきて心細い。誰に話してもどうにもならないこと。

どうせなら愛してるってわざとらしく笑ってよ

前に比べたらこんなに月日が経ったけどあの人とは何度か飲みに行っていたし誕生日も祝った。でもそれは2人じゃない。全部3人だ。彼氏ができたタイミングと彼らで集まるのが定着したのが同じくらいだった。3人でいるほうがずっと楽しかった。わたしはずっと馬鹿みたいに笑ってもう一人と思ったことを言って一番よく喋ってる。彼氏ができたことは話してないけどあの人から誘われることはもうなかった。

好きじゃないなんて言いながらよくわかってるんだね。
半年前だったか友達にそう言われたときうれしくなったことを思い出す。わかってること。落ち込むとたまにあの人のことを考えた。仕事に集中したくなるのも、あんなふうでしか人とつながれないことも、自分のことよりうまく説明できるんじゃないかってくらいよくわかった。お前はおれと似てるよ。その一言は嘘じゃなかったこともよくわかる。
相手のことを知れたって思ったときが恋の終わりだって何かで読んだ気がするけどその通りだ。もうよくわかってしまった。
好き、とたしかに思ったことは覚えてる。結局飲み込んでしまった。好きと伝えないまま、わたしのあの人への「好き」は終わった。だからかもしれない。もう嫌われても、どう思われてもいいから今まで一番楽しめている。大切にしたい人ほど言葉を選んで距離を置いてしまう性格にはやっとちょうどよくなった、なんて最終回にはいい結末なのかもしれない。

あんなに傷つくのはもうおしまい、さようなら。

まだ壊れたままでいたい

まるで時間が巻き戻ったみたい。自粛期間、ほとんどあの人から連絡はなくて、映画を見たり運動をしたり、仕事に打ち込んでは達成感に満ち足りながらも一人の時間にたまに虚しくなった。最後にあってから数ヶ月経ってわたしはきれいになって仕事もできるようになってきて、前より胸を張れるようになったのに再会してもうまくいかない気がしていた。でも、仕事で会うようになってからは、また朝まで電話したり飲みに行ったりした。自粛期間、誰ともごはんにいかなかったらしい。家にいたくない人がそんなことできるのかと思ったけどそれが本当かどうかどうでもよかった。目の前でまたあの人が笑ってるのを見るのが楽しかった。みんなでいるときは小学生みたいにひどいことを言ってきて二人のときは優しくなるのも、他の女の子に優しくするところを見るのも慣れたものだった。
去年みたいに戻ったことがうれしい反面、この人の前では一生変われない気がしてこわくなった。相変わらずはっきりと嫌だと言えないこと、合わせてしまうところ、素直になれないこと。
好きなところを理路整然と伝えて告白してくれる人がいいと言われたときもそうだった。ふと考えてみるとぱっと思いつかなくて、なんだか志望動機を答えるみたいだね、と皮肉で答えてしまった。それに、電話で付き合おうと遠回しに言われたときも突き放してしまった。変わるのが怖かったから。

あの人の好きなところよりも嫌なところのほうが思いつく。それでも好きなの、と言ったらきっとあの人は意味わかんねえ、と言うだろう。わたしだってわからない。でもあなたといるとそう強く感じるの。他の人のいいところを並べても、デートらしいのができる人がいても。こんなにいろんなことがあったのに離れられないのもおかしいでしょ?言葉にできないことは不安になることもあるけど最後の決定打になるくらいには強いことだと思う。

求めるものに答えられないとやっぱりあの人はいつかいなくなってしまうんだろうか。あの自粛期間みたいに。でも、終わりはいつかくるから決めないでおく。

さよならも言わないで

突然何の音もしなくなった。CDを再生するみたい忘れないようにつけていた日記。読み返しても映像がぼんやり浮かんではすぐに消えていく。こんなにすぐに寿命がくるものなんだ。いつのまにか銀色の面は擦り切れてぼろぼろになっていた。好きな曲ほど再生する回数は多いからしょうがない。服もかばんも好きなものから順番に形が崩れて使えなくってしまう。壊れたものたち。それでも積もらせた思い出の数だけ捨てるのをためらってしまう。直せない傷を数えても悲しいだけなのに。
好きな人に好かれなかった。それだけじゃない。デートのために買ったワンピースもカラコンも、何事もなかったように振る舞うこと、どんな人よりも一番だったこと、どうにもならなかったことにしたこと、好きだったことすべてが報われなかったのが悲しい。会いたくないとか嫌いとか言われたわけじゃない。職場で会うことだってあるけど、なんとなく前には戻れない気がする。去年の今頃は朝まで電話したりLINEしたりしていたのに、この数ヶ月何もなかったから。こういう勘だけ当たってしまう。こんな勝手な気持ちを友達に話す気にはなれなくて、気持ちだけがただ沈んでいく。どうして聴こえなくなったんだろう。わたしの耳は何も変わらないのに。全部煙みたいだ。あったと思ったのに簡単に消えてしまった。