「どんしてそんなことしたんですか」
「そこに男の子しかいなかったからです」
「……そこ?」
「はい。……あの、何年か前にカフェに行ったんです、おしゃれな感じの、チョークでメニュー書いてるような。小腹減ったし何か食べようと思って、入ってみました。人はそんなにいなくて、店員さんも作ってる人も若い人って感じでした。
案内されてメニューを渡されて、わたしはサラダを選びました。写真がなくて、どのサラダのメニューも入ってる野菜が書いてあったんですけどどれもピンと来なくて。でもそんなにお腹空いてないし家であんまり食べないからサラダにしたくて。知ってる野菜が一番多いサラダを選びました。
すぐにサラダが運ばれてきました。よし、食べようと思ったら、あれってなって、あっ、ドレッシングがないって。かかってる感じもないし皿の底の方にあると思ってフォークで混ぜてみてもなくて。」
「それ、そのまま食べるサラダだったんですか」
「わたしもそうだと思って、そのまま一口食べてみました。……あんまり美味しくなくて美味しくないっていうか、素材の味だよなー……。とりあえず水を飲んで、どうしよってなって。そしたら机に調味料が並んでたんです。よくあるじゃないですか、ファミレスやラーメン屋で、塩とかこしょうとか。そのお店はたくさんあって、それ以外にお酢とマヨネーズとオリーブオイルがおいてありました。」
「オリーブオイルはサラダに合いそうですね」
「はい、英字がいっぱい書いてあるおしゃれな瓶に入ってあっ、これだと思って、オリーブオイルだと思ってかけたんですけど、美味しくならなかったんです。何か足りないと思って今度はお塩とこしょうとお酢をちょっとかけてみました。小学生のとき家庭科で混ぜるとドレッシングみたいになるって習ったしと思ってかけてみました。何がだめだったかよく思い出せないんですけど……それもだめでした。」
「……マヨネーズしかありませんね」
「マヨネーズって微妙じゃないですか。サラダにマヨネーズを、まあかけなくはないですけど、かけるとして有名なのはゆで卵ぐらいじゃないですか。マヨネーズ置いてるお店もあんまりないし。でもそこにはマヨネーズしかなかったんです。そこに、置いてある調味料はそれしか、マヨネーズしかなかったんです。
……わたしにとって、男の子は、そのマヨネーズでした。苦しんでるときわたしの周りにはいろんな人がいて、でも何がだめだったかわからないけど、家族も友達も先生も嫌なものになっちゃってたんです。もうどうしようってなってて、全部だめじゃんってなったんですけど、全部じゃありませんでした。男の子がいました。わたしの知ってる範囲でどうにかできそうなのは男の子しかいなかったんです。中学から女子校に通って男の子と触れ合うことはなくて、小学生のとき男の子はいてそのときはすごく楽しかったんです。それで男の子と触れ合ったら何か変わると思いました。……憂鬱しかなくて周りにあるものが全部嫌なものに見えてたら、そこにないものが希望だと思っちゃうじゃないですか、これがあったらって手を伸ばしたくなるじゃないですか。……ただそれだけです。」
「マヨネーズは美味しかったですか」
「えっ」
「そのサラダにマヨネーズ」
「うーん、なんかいろんな味がして、結局よく分かんない感じでした」
「やっぱりそれ、そのまま食べるサラダだったんじゃないですか」
「素材の味ですよ?」
「そうですねー……あなたが野菜だったら僕はそのまま食べます」
「……えっ」
「僕はきゅうりに塩かけるし、アボカドにはしょうゆたらしますけど、あなたが野菜だったら何もいらないです、だから男の子とかいらないです」
「……なる、ほど」
「はい」
「わたしがきゅうりでも?」
「はい」
「わたしがアボカドでも?」
「…はい」
「いまちょっと迷いましたよね」
「すいません…」
「変な人、でも」
「でも?」
「君が野菜だったら、わたしはガブッと食べます」
「ガブッと?」
「はい、そのままガブッと」
「変な人だ」
「お互いさまですね」
「今度そのお店行って、そのサラダ食べてみたいです」
「いいですね、行きましょう、わたしも正解知りたいし」
「正解、知れますかね」
「お店出た後に気付いたんですけど、店員さんに聞けばいいんですよ」
「たしかにそうですね」
「はい」
「楽しみですね」
「楽しみです!」