だってあなたはすぐどこかにいっちゃうし

雨が降ると、あの人を思い出す。そんな気がする。今日は朝から元気がなかった。天気予報のアプリを開いたら、夕方から雨だった。一人暮らしを始めたこの部屋にテレビはなくて、全国の天気どころか明日の天気も耳に届くことはない。家族からもあの人からも遠のいた、はずだった。そんな調子で仕事が今日も終わり、気づけばそんな人たちのことばかり思い出す夜だ。どうにもつかずあの人といた記憶が浮かんでくる。あの人といると、やっと自分で自分のことを認められた気がして強くなれた。同い年とは思えない話し方や考え方が好きだった。優しさと引き換えに耳が痛くなる言葉ばかりだったが、飲み込むたび自信が持てた。
「髪を耳にかけるならそっちのほうがいいよ」
鏡の前に立つとそう言われたのを思い出して直してしまうのも癖になった。
でも、男女、という関係では甘い蜜を吸われてるだけだった。それでもよかった。傷ついてもいっしょにいたい。そう思ったのはあの人が初めてだった。これからもそうだろう。またあんな関係を望むほど優しさを知らないわけじゃないから、それなのに、なんで。あの傷の舐め合いとさみしさを共有していた感覚を求めてしまうときがある。あなたをちゃんと思い出にできるのはいつになるんだろう。雨が降り始めてしまった。