よるのあと

あの夜に戻れたら。何度も思い出してみるとあの人の気持ちが遠のくのを感じる。CDが再生されるたびすり減っていくように、あの人から聞いた言葉はもう同じ温度では出てこないだろう。
彼女がほしい。まだ知り合って1年は経たないけど初めて聞いた言葉だった。友達の一人として言われてると思い、できるかな、と弱気なあの人にできるよ、あの子なんていいじゃん、と相談に乗るように話す。本音と建前。あなたが好きなのに、どうしてこんなことしか言えないんだろう。彼女としていいけどね、と彼女候補にあげられたとき、じゃあなろうなんて簡単に言える軽さじゃなかった。わたしの好きはあなたと違う。うれしいより怒りのほうがこみ上げたけどやめてなんて言ってしまった。そのままずっと本音と違うことをぺらぺらと続ける。何も感じないようにしていたのにこうすればよかった、と後悔するくらいにはっきりと覚えてるなんて苦しい。あの夜に戻れたら、彼女にしたいと言われたとき素直にうれしい、とあの人以上の熱を味わせて困らせたかった。
お店を出ると外は思ったより寒くてわたしの顔だけはお酒のせいで熱くなっているのがわかった。顔真っ赤だよ。そう?たしかに熱いかも。自分で自分の顔を触ろうとしたら、それより先にあの人が触れた。熱いよ。そう言ってわたしの手も触ろうとする。え、いや、と自分の手を引っ込めようとあたふたしているうちにやっぱり熱いよ、とわたしの手を一瞬握って楽しそうに笑う。うれしいのと悲しいのといろんな気持ちがぐるぐるしてまたばれないように顔をしかめることしかできなかった。あの夜に戻れたら、手を握り返したかった。掴んでまだこのままってかわいく笑いたかった。

その次の日も会ったあの人は別人みたいで前に戻ったみたいだった。みんなで飲みにいって二人きりになってもあの熱はなくてこうやって思い出すと涙が出てくる。本当に好きなんだ、ばかだ。でもあの人に好きなんて絶対に言わない。それ以外で素直になるからお願い、夜のあとまた会おう。