どこか遠くに、と悲しい声がする

キスマークをつけられて、予約していた美容院にいけなくなってしまった。彼はわたしの日常を簡単に奪ってしまうような人だった。
1年前の自分に教えてあげたら、喜ぶことなんだろうか。ご飯に誘われたら飛んでいってだらだらと続く暇つぶしのLINEも楽しくて、一喜一憂しながら犬みたいに尻尾を振りながらぐるぐる回っていた。付き合ってみようよ、と言ったこともある。それでもあの人は何も変わらなくて、干渉しなきゃいいよ、という態度で、2人でいるときも他愛もない話をするだけだった。
その日は2人で飲みにいってた。前の日はみんなで深夜まで飲んで寝不足だった。2日連続で会うなんて恋人みたいだな、と浮かれていたけど、2人なんて慣れていていつもと同じで油断していた。始まりはよく覚えてない。暗くした部屋の、小さなオレンジの光とするりと出てくるあの人の甘い言葉はちぐはぐじゃなかった。一足早く春めいた、桜の模様の缶ビールと度数の強いレモンサワー。お互い寝る前の記憶はないのに抱き合うようにして眠っていて、起きたらあの人の腕の中にいたのを思い出すといつだって心が締めつけられる。わたしの日常を、コーヒーの中に落としたミルクが回っていくように簡単に掻き回した。キスする前に、好きだったのに、と吐き出したわたしの言葉もそれと同じだったらいいのに。その日、初めてあの人に好きと言った。