君が優しいままだったから

彼女は何も言わない。一緒にいると他愛もない話をしてずっと笑っている。別れ際すら、じゃあね!と笑顔で手を振っていた。改札で人混みに消えていく彼女はどんな顔をしていたんだろう。僕はそれを知りたくて会っているのに、待って、と勇気を出して止めることはできない。トイレから出たとき、一人で待っていたからか気が緩んで泣き出しそうな顔をしていた彼女に、どうしたの?と聞けばよかったのかもしれない。彼女が僕を呼ぶときちょっと疲れてるのは知っていた。ごはんはいらないとチョコレートパフェを食べたり、お酒を飲むのが早かったり、携帯の電源を切っていたり。
学科が同じだった。初めは全然話さなくて友達の友達くらい。仲良くなったのは彼女に好きな人ができたときだ。大学3年生だった。バイト先で男友達ができたことを話してきたけど好きというのが伝わってきた。彼氏には言えない話もあった。結局彼氏と別れて男友達にも振られてしまった。それから彼女は、聞いて!と隣に座りにくるようになった。二人でごはんを食べたりお酒を飲んだりしながら、彼女はバイトの愚痴を吐いたり恋愛の話をしたりして、お互い言いたいことを言い合った。ころころ表情が変わる彼女といるのは楽しかった。彼女は自分に自信があるのかないのか、かわいいでしょ、と強気になるときもあれば、かわいいって言ってよ、とめんどくさいことを言い出すときもあった。仲のいい女友達だった。
いつからか、彼女は愚痴を吐かなくなった。二人でどこかにいくこともなくなった。悩み事がなくなっただけかもしれないけど、距離感はあった。ずっと友達でいようね!と酔った赤い顔で笑っていたのが嘘みたいに感じた。そのときの僕は女の子なら誰でもよくて彼女もかわいい人の一人だったし、そんなもんだよな、と気にしていなかった。寂しいと感じたのは大学を卒業してからだ。卒業したとき特有の寂しさかもしれないけど、自分から連絡もできずにいた。今まで彼女から誘われることしかなかったからどうしたらいいかわからないまま、時間が流れた。自分の性格は昔と変わらない。考えるのが好きなようでめんどくさい。だから彼女から連絡が来たときは前と同じように、うん、と二つ返事で出かけた。
彼女は昔からよく笑う女の子だった。いろんなことにとらわれて考えすぎちゃうところやすぐに決めつけて拗ねるところがあった。今の彼女はよく笑うだけだ。何に悩んでどんな男の人といるのか知らない。考えたくないし知りたいとも思わないけど、つまらない。かわいいかどうか聞いてほしかった。そしたらかわいいって言えるのに。僕は彼女がめんどくさかった。そんな彼女が好きだった。